ダンマパダこころの清流を求めて

ホーム>清浄道論>清浄道論1-3 第1品 戒の解釈 8/14

清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 8/14
(Sīla-niddessa)


清浄道論_目次(全体_各章)
※↑は、全体目次(この章から離れます)

章内の目次は、↓の灰色のボタン「目次〇ー〇」(例:目次1-1)



清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 8/14


【53/55ページ: 52ページから】

この[二種類の触れる]に対して、法衣を身に着けることによりて坐禅をする者を悩ますことが無い。それ故に、その理由 によりて[蛇などの害を]防ぐ目的のために[法衣を]受用するのである。

更に、「限りにおいて」(Yāved evā)とは、 [受用の]目的の限界と限定をよく調べて区別することを示す言葉である。実に、[身体の]陰部を覆い隠すことを目的にして、 他には、その時、その時において[必要とされる目的]にしてである。

その中で、「[身体の]陰部」(hirikopīna)とは、 [比丘・比丘尼]それぞれの性器を隠す処である。もし、その[陰]部が露見される時は、内心への恥じ(hir)に揺れて 破壊されて、[比丘・比丘尼]それぞれの内心への恥じを乱すがために陰部と言われる。そして又、「陰部を覆い隠すが ため」(hirikopīnassa paṭicchādanatthan)とは、陰部を隠すべきが為である。陰部を覆う目的のためという[人]もいる。

【資具依止戒 ②食べ物】
「食べ物」(Piṇḍapāta)とは、あらゆる食べ物のことである。実に、托鉢をしている比丘の鉢の中に落ちた如何なる 食べ物も[托鉢の]食べ物と言われる。
又、施しの食べ物とは、[鉢の中に]落ちた食べ物である。[托鉢中に]あちらこちら の場所で得た施しの食物を集めた[食べ物のこと]をいう。

「[信者から施された食べ物は]遊び戯れるために非ず」 (Neva davāyā)とは、[ちょうど]村の子供たちの[遊ぶ姿の]如く、戯れの存在(=相)を言うものではない。

「思い上がる に非ず」(Na madāyā)とは、[ちょうど]拳闘家や相撲取りの如く、[自分は出家修行者であることを鼻にかけて]驕り高ぶる ことを目的としない、強く驕り高ぶる存在、あるいは力強い者の存在について[ここに]説かれている。

「[信者から施された食べ物は]装飾のために非ず」(Na maṇḍanāyā)とは、[ちょうど]官仕えの女(=官女)・遊女の如く、 装飾の目的で[美しい身体の]四肢五体に満足する姿・形と説かれている。

「けだかく厳か(=荘厳)のために非ず」 (Na vibhūsanāyā)とは、[ちょうど]舞踏家・踊り子などの如く、皮膚や顔色のきれいな相のためではないと説かれている。

更に又、[信者から施された食べ物は]遊び戯れるためには非ず」とは、これは、[煩悩を生じさせる貪・瞋・痴の三毒の 一つ]無知という強い原因(mohūpanissaya)を捨断するために説かれている。

「思い上がるに非ず」とは、これは、 [煩悩を生じさせる貪・瞋・痴の三毒の一つである]激しい怒りという強い原因(dosūpanissaya)を捨断することである。

「装飾のために非ず」「けだかく厳か(=荘厳)のために非ず」とは、これは、[煩悩を生じさせる貪・瞋・痴の三毒の 一つである]貪欲という強い原因(rāgūpanissaya)を捨断することである。又、「遊び戯れるためには非ず」「思い上がる に非ず」とは、これは、[輪廻に結び付ける]自分の結縛(saṁyojana)の生起を防ぐことである。「装飾のために非ず」、 「けだかく厳かのために非ず」とは、これは、他人にとっても又[輪廻に結び付ける]結縛の生起を防ぐことである。

そして、これらの[①遊び戯れるためには非ず・②思い上がるに非ず・③装飾のために非ず・④けだかく厳かのために非ずと いう]四つによりて正しい法の道理に従がわない修行[の捨断が説かれたのである]、あるいは[煩悩を追い求める]愛楽の 実践の捨断が説かれたのであると理解すべきである。
「限りにおいて」とは、実に既に説かれた意味の如くである。

「この身体」(Imassa kāyassā)とは、この[地・水・火・ 風の]四つの大種によって[人間存在という幻を生じさせる性質を有する]色身(rūpakāya)のことである。

「存続のため」 (ṭhitiyā)とは、持続のためである。
「生存のため」(Yāpanāyā)とは、事の成り行きの生活を中断させないため、 あるいは長い時間の存在のためである。実に[ちょうど]老朽化した家の主人が家を補修するが如く、又、荷車を引く者 が車輪に油を注入するが如く、[比丘]は身体の存続のために、維持のために食べ物を受用する。

【53/55ページ: 52ページから】





ページの最初に戻る

清浄道論_目次(全体_各章)

※このページは【清浄道論】です(関連ページも含む)。
以下のボタンで、他ページに移動できます。