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清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 8/14
(Sīla-niddessa)


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戒の解釈 8/14


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遊び戯れるために、思い上がりのために、装飾のために、けだかく厳か(=荘厳)のために非ず。更に又、「存続」とは、 これは、[生命の物質的な性質を有する]命根(jīvitindriya,註)の同義語である。それ故に、この身体の存続のために、 維持のためにとは、この限りにおいて、この[生命の物質的な性質を有する]身体の命根を働かせるためにとも言われると 理解すべきである。(※ 命根:Dhp-U.p561、「命色」参考)

「心の悩みを静めるために」(Vihiṁsūparatiyā)とは、心の悩みとは病気の意味によりて、[食]生活に必要な物質が極端に 不足したために起きる障害(=飢餓、jighacchā)である。それを止めるためにも、[信者からの施しの]食べ物を受用する。 [ちょうど]傷に塗る[薬の]如く、あるいは寒さ暑さなどによるその治療の如くである。

「[輪廻の苦しみを終わらせるために自ら仏陀の教えを学習実践する]梵行[の修習]を助ける為に」 (Brahma-cariyānuggahāyā)には、「[道の梵行を除いた三学の]教説の全部の梵行(sakalasāsanabrahmacariya)」と 「道の梵行(magga-brahmacariya)」[との二つがある]。

[即ち、過去の原因により現在の結果がある・現在の結果により 現在の原因がある・現在の原因により未来の結果がある・此れがなければ彼はない・此れが滅するが故に彼は滅するという 縁起の道理を理解して、自覚して自己の内外の現象は無常・苦・無我であると随観して、輪廻からの解脱を目指す教説の 全部の梵行を助けること、又、涅槃を探し求めて煩悩を殺しながら歩む悟りの道の梵行(magga-brahmacariya)を助ける ことである。

実に、この食べ物の受用による身体の力を縁にして、集中して[戒・定・慧の三学を]実践することによりて、 [輪廻転生の世界という]有の砂漠(bhavakantāra)を渡り切ろうとする者は、梵行[の修行]を助けるために[信者からの 施しの食べ物を]受用しなければならない。例えば、砂漠を渡り切ろうと望む者が、[食べ物が無くなった時]、子供の肉を [食べる]が如く、あるいは河を渡ろうと望む者が、筏を[使用するが]如く、又、大きな海を渡ろうと望む者が、船を [使用するが]如くである。

「このようにして古い苦痛を撃退して、新しい苦痛を生じさせない」(Iti purāṇañ ca vedanaṁ paṭihaṅkhāmi navañ ca vedanaṁ na uppādessāmī)とは、この食べ物の受用によりて、古い餓えによる苦痛を治すと共に、又、新しい [餓えによる]苦痛を[生じさせないようにする]、例えば、制限無しの量の食事を原因(=縁)にして[人の]手を借りて [自分の身体を運ぶ[バラモンの如く]、[お腹が張るほどに]衣が十分の[バラモンの如く]、[食べ過ぎのため]その場で 転ぶ[バラモンの如く]、又、満腹で食べ物を吐き出すことが出来ず、口の中は食べ物で満ちて、その食べ物をカラスが 食べるほどの[バラモンの如く、又]、食べた物を吐き出すバラモンの如くである。

[新しい苦痛を]生じさせないように [注意しながら食べ物を]受用する、[ちょうど]病人が薬を[飲むが]如く。あるいは又、今、制限すべき食べ物を不適当に [摂ること]によりて再び過去の[悪い食生活の]習慣の縁によりて古い苦痛が発生すると言われる。制限すべき食べ物を 適当に摂ることによりてその[苦痛の]原因を滅する、又、[過去の悪い食習慣による]古い苦痛をも撃退する。又、これは、 今、不適当な[食べ物の]受用を行なうことを縁として未来において新しい苦痛が発生するであろうと言われる。

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