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清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 12/14
(Sīla-niddessa)


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清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 12/14


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[ちょうど]マハーサンガラッキタ[長老]と甥のサンガラッキタ長老の如くである。

伝えて曰く、- 六十歳を超えたマハーサンガラッ キタ長老が死の床に臥せっている時、サンガの比丘たちが[長老に]、「[悟りの]出世間を明らかに得られているのか」とたずねた。
[マハーサンガラッキタ]長老は、「私は出世間法を[まだ得て]いない」と答えた。

時に、[長老を]看護する若い比丘が言った。- 「尊者よ、あなたが完全涅槃(註)に入られたならば、十二ヨジャナー四方から、人々が集まることでしょう。

[しかし]、尊者が凡人 として命を終えるならば、多くの人たちは後で残念がるでしょう」と。
(※ 完全涅槃:Dhp-U.p581~p583.第五章 涅槃」参考)
[それに対してマハーサンガラッキタ長老は次の如く言った」、「友よ、私は、[死後、来世において]弥勒佛(Metteyyaṁ bhagavanta) に会いたいと望んでいる。

[それ故に、完全涅槃に入る阿羅漢果を得るための]観[の修習]を[意識して]確立していなかったのである。 [何故ならば、阿羅漢果を得て死ねば、死後、どの世界にも生まれ変わることがないからである。

しかし、人々が私に完全涅槃を望むな らば]、それでは、[ベッドに臥せっている]私を坐らせて、実に[阿羅漢果を得る]機会を作れ!」と。[看護の若い比丘]は、長老を坐 らせて外に出た。長老は彼が出て行くのと共に阿羅漢果に到達して、指を弾いて[これを]知らせたのである。比丘たちが集まって言った。

- 「尊師よ、[あなたは]その如く死ぬ直前に、出世間法を生じさせて、為し難きことを為された。」と。

[一人の比丘が言った]、「友たちよ、これは成し難いことではない。されど、私は[これより]成し難いことを[あなた方に]告げる。 友たちよ、私は出家した時から以後、[輪廻からの解脱を]忘れて、無智による行為をしたということを実に見い出せないでいる」と。

[即ち、無智とは、苦に対する無智・苦の集まりに対する無智・苦の滅に対する無智・苦の滅に至る道に対する無智・因果縁起の真理 に対する無智・無我であることも知らず自己を我であると見なして妄計する無智・所縁そのものに対する無智などである(註)]。 (※ 註:Dhp-U.p499、「(14)痴」参考)  

[長老]の甥も又、五十歳の時、その如くに実に阿羅漢果を得ている、と。

もし、[彼が、説法を]聞くことが少なく、諸々の戒めを [正しく]受け保つことがなければ、[人々は]戒めと聞くことの両方から[彼を]非難するであろう。もし、聞くことが少なくても、 諸々の戒めを[正しく]受け保つならば、彼は戒めにおいて賞賛される。

[しかし]聞くことにおいて[未だ]成就していない。もし、 聞くことが多くと雖も、諸々の戒めを[正しく]受け保つことがないならば、彼は戒めにおいて非難される。

[しかしながら]聞くこと において成就する。もし、聞くことが多く、更に諸々の戒めを[正しく]受け保つならば、彼は戒めと聞くことの両方から賞賛される。

聞くことが多く、[自ら法を学習して実践する]持法者(dhammadhara、註1)であり、智慧を有する佛弟子は、[ちょうど]ジャンブー川で 産出された[高質の]金貨の如く、阿羅漢聖者の彼を誰が非難するであろうか? 天界の神々も彼を賞賛し、[色界初禅地に住む] 梵天(註2)からも賞賛される」と。
(※ 持法者:Dhp-U.p301.註②、※ 梵天:Dhp-U.p261、「色界」参考) 

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