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清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 12/14
(Sīla-niddessa)


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清浄道論 Visuddhimagga 1-3
戒の解釈 12/14


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次に、[預流道聖者・預流果聖者・一来道聖者・一来果聖者・不還道聖者・不還果聖者・阿羅漢道聖者の七つの]有学[聖者]の戒めは、[五蘊を我がものと見る・ 業因業果を信じない・誤った考えや見解を持つ悪]見(diṭṭhi,註)に執着していないが故に[無執取の遍浄戒である]。

又、執着して[自分を汚すことが]ない凡夫の 戒めは、無執取の遍浄[戒]であると理解すべきである。[ちょうど]富豪家の子供、ティッサ長老の戒めの如くである。
(※ 見:Dhp-U.p501、「(19).見」参考)

即ち、かの尊者は、その如きの[無執取の遍浄]戒に依りて阿羅漢果を確立したいと望んで、怨みのある[者]に対して言った。-「実に両足を切断して私は[お前たちに] 知らせるであろう。『私は貪欲と共なる死に困惑して深く心に恥じるであろう』と。

「その如くに私は考えて、[正しい法の]道理に従がって理解して、夜明けが来る頃に 阿羅漢果の扉を開いたのである」と。

ある大長老も、激しい病気のために自分で食べ物を食べることが出来ず、自分の小便・大便にまみれて[ベッドに]ゴロゴロしている[状態]であった。その[様子]を見て、 一人の少年が、「あ~、生きるとは苦しいものである!」と言った。

大長老は、この[少年]に言った。-「少年よ、今や死にかけている[私は]、[死後]天界の幸福を得るであろう。そのことについて私は[まったく]疑がっていない。しかしながら、 この戒めを破って得られた幸福なるものは、実に学びを放棄して得られたものであり、在家の状態と同じである」と言って、「実に[私は]戒めと共に死のう」と。

そして[ベッド] に臥して、実に病いをしっかりとらえながら阿羅漢果に達して、比丘サンガに対してこれらの詩偈をもって[無執取の遍浄戒について]説くのである。

「病気にかかっている私は、病いに激しく苦しめられている。この[病の]身体は、直ぐに消耗するであろう。ちょうど、熱い砂[の上]に置かれた花の如く。

「美しくないものを 美しいものと言う、清らかでないものを清らかなものと思い込む、いろいろな不浄で完成した[肉体]を見ないで美しい肉体(rūpa)と見る。」

「 [この肉体は]好ましくないもの である。病気にかかり腐って行く私の身体は、悪臭を放ち、清らかでなく、病の性質(=病法)において[身に関する不浄観を]忘れることに心を向けている人々は、[死後、欲界] 善趣[地]に転生する道を失うであろう」と。

次に、阿羅漢[聖者]などの戒めは、一切の不安が止む[状態]によりて完全なる清浄となるが故に、安息の遍浄[戒](paṭippassaddhipārisuddhī-sīla)であると理解すべきである。
その如く、制限の遍浄[戒・無制限の遍浄戒・円満の遍浄戒・無執取の遍浄戒・安息の遍浄戒]などによりて五種類となる。

《第二の戒め 五種類》(Dutiyasīlapañcakaṁ):【捨断・出離・思・律儀・違犯しない】

第二の五つの法について、[捨断・出離・思・律儀・違犯しないの五つの法は]、生き物を殺すなどの捨断によりて[その]意味を理解すべきである。

実にこれは、[パーリ小部経の 一つである]無碍解[道](Paṭisambhidā-magga)の中に説かれている。

-「五戒がある。①殺生の捨断は戒めである、
②[身・口による悪行から]離れることは戒めである、
③[所縁の 認識主体としての]思(cetanā)は戒めである、
④[身・口による悪行を防止する]律儀(saṁvara)は戒めである、
⑤[戒条に]違反しない(avītikkama)は戒めである。

[欲界における] 与えられないものを取らない(=不与取,Adinnādānassa)…・淫らな行為をしない(=欲邪行,kāmesu micchācārassa)…・人を欺く目的で嘘を言う(=妄語,musāvādassa)…・両者の仲に 立って各自の悪口を伝えてその仲を裂く(=両舌,pisuṇāvācāya)、悪口(pharusā-vācāya)、事実にそむいて巧みに飾った言葉(=綺語, samphappalāpa)、貪欲(abhijjhāyā)、怒り (byāpādassa)、五蘊を我がものと見る・業因業果を信じない・誤った見解(=邪見, micchādiṭṭhiyā註)の[捨断・離れる・思・律儀・違反しないは戒めである]、
(※ 註:Dhp-U.p501、(19)「見」参考)

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